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『悔悟の記録』 初演1996年。328人殺し1917人を逮捕拷問投獄した元憲兵の実話。 北海道から沖縄までひとり芝居で演じ続けています。 |
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初演1996年3月 作演出 ふじたあさや 出演 西尾瞬三 あの時代 『虫を殺してもバチが当たる』 と殺生を嫌った 多くの土屋さんが 軍服を着て海を渡りました そしていつの間にか 『鬼』 になって 中国で朝鮮でアジアで『人殺し』となってしまったのは そんなに昔のことではないのです あれは入営2ケ月頃のことだったかな。〈度胸をつける教育〉と言ってね。農民姿の中国人を刺し殺すことになったんだ。『今度はお前が突き殺せ!』って上官が言うんだ。『もしオレがやらなかったらみんなに何と言われるか』と思ってね、大きな声を上げて突っ込んでいったんだ。中国人への感情? 当時は何もないですよ。命令に服従するだけで、うまくやって殺すこと以外何も思っていないですよ、人の首を切らないと一人前にならない時代だったんだよ。 そしてね、だんだんに手柄を立てたいという気待ちになってね、次々と殺すようになったんだ。直接・間接に328人も殺してしまってね。それに、捕まえて拷問にかけた人間は1917人にもなったかな。 虫一匹殺してもバチがあたると思っていた、このオレがね。 ◆328人を殺し ◆1917人を逮捕・拷問・投獄 ◆シベリヤ抑留6年間◆中国戦犯管理所5年間 ◆帰国昭和31年8月
日本軍は中国の人々に本当にひどいことをしていたのを知って気分が悪くなりました。人間があんな風になってしまうなんて、本当に教育って恐ろしいと思った。人間なら誰でも鬼になってしまう素質がある気がして恐いと思った。ひどいことをした日本人は本当にいけないと思うし、中国の人の悲しみや恨みとかを思うと胸が一杯になる。でも、日本人もいろんな意味で【戦争】の犠牲者だと思う。内田さんが今、活動してみえることは大変だと思うけど、最前の道であると思う。その道を選ばなければいけなかった時代に生きた内田さんのことを知って、【戦争】がいかに恐ろしく残酷なものなのか、そして、はかり知れない犠牲者を生むにもかかわらず、どんなに無意味なことなのかが、わかり過ぎるほど分かった。
ごあいさつ 戦後50年の春、ある憲兵の記録(朝日文庫)に出会いました。生々しい土屋さんの体験に体が震え、さっそく山形県上山市の土屋芳雄さんを訪ねました。あの時代の生き証人として平和を語る土屋さんの目は厳しく私に突き刺さってきました。『だんだん体がいうことを利かなくなった。あと何年かすれば仲間達はこの世から消えてしまう。本当のことを語る人間が少ないんだ・・・俺のかわりに語ってくれ』そう言って土屋さんは沢山の資料を私に下さいました。土屋さんは2001年10月30日永眠されました、享年91歳でした・・・ご冥福をお祈りします。そして2004年2月!! 日本国憲法に違反して、自衛隊がイラクへ派兵されてしまいました。・・・土屋さんから渡された悔悟のバトンの重みをズシリと感じるこの頃です。 |
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