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悔悟の記録感想 広島16才女子 2003年(広島可部おやこ劇場)

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「悔悟の記録」感想16歳女子

広島可部おやこ劇場 03.5.18公演

 

 今日のひとり芝居を見終わった後、私は、まるで内田老人の罪を自分も背負ったような感覚に陥った。否、「陥っている」である。このような残虐な行為がされていたこと、もちろん以前から知ってはいた、だが、人を殺した苦しみを知っていた訳ではなかった。

 今回、初めてその苦しみがわかった気がする。確かに、沢山の人の死の重さを、私は感じたのだ。そして、それが本人の感じた分のほんの一部にも過ぎないことも分かっていた。だから、実際本人が感じたであろう罪の意識に、私は胸が締め付けられる思いだった。そして、疑問に思った。『はたして、この様な苦しみに耐えて、人は永い間いきていけるのだろうか』と。想像もできない、きっと笑って幸せに生きていく事などできない。少なくとも私はそうだと思う。

 (芝居が始まって)最初の内は、内田老人が穏やかなのを見て、『良い人そうだ、人を殺したとは思えない』と、確かに感じた。でも話が進むにつれて、『ああこの人はやはり人を殺したのだ』と思ったのだ。

 それは、別に彼が「私はこの様な事をして、人を殺したのです。」と言ったからではない。彼の話す様子を見てそう感じたのだ。

 どう表現したら良いのだろうか、何か奇妙な違和感を覚えたのである。本人に会って話をした訳ではないから、私が言える事ではないのかもしれない。でも、そう感じたのは事実なのだ。

 そう、生気を感じないと言うか、何か別のものがその老人の皮を被って話をしているかの様に見えたのだ。それに、目が現実ではないもっと遠くの場所を見ているような感じがしたのだ。

 多分、内田はもう死んでいたのだ。日本に帰ってきた時は、碓かに鬼から人に戻っていたのだろう。でも、人に戻ってしまった事で、彼は耐えられない程の罪の意識、罪の重さを感じたのではないだろうか。鬼であり続けていたならば、罪の意識など感じずに、例えそれがまやかしであったとしても、幸せに生きていけたのだろう。だが、人に戻ったなら、終わることの無い生き地獄に耐えなければいけなかったのだ。そうして内田は死んだのだ、きっと。あれは別人だった。わたしには、やはり、内田老人の中に鬼が見えた気がするのだ。

 

 戦争とは何であろうか。人がお互いを殺すのは何故なのだろうか。私は、何故?と自問をしてみるが、いつも答えは返ってこない。答えなど、あってはならないではないか。例え答えがあった所で、それは何の意味も無い。結局、殺し合いの後に残るのは、深い爪あとだけである。誰が加害者なのか?誰が被害者なのか?そんなものも存在しない。誰もが加害者であり、被害者なのである。内田は、沢山の人々を殺した。だが同時に,自分のことも殺した。何も残らない。失うばかり。それなのに何故、人間は血塗られた道を歩むのだ。ただ分かる事は、私たちは同じ事をしてはいけない、という事だけだ。そして、起こってしまった事を、全てきちんと知っておかねばならない、と言う事である。

 

 今回驚いたのは、公演が終わった後で、「大丈夫だった?こんな残酷なこと、びっくりしたでしょ?」と言われたことである。

 多くの人が、日本が昔行った残虐な行為の事を知らない、と教えていただいた。私はてっきり、皆知っている事なのだとばかり思っていたので、驚きを隠せなかった。『知っていて当然の事だろうに、何故知らない人がいるのだ』と。

 確かに、学校では「日本はこんな事をされた」としか教えて貰っていない。でも、本や人の話や、その他イロイロな方法で知ることは出来たはずなのだ。知る機会だって、広島に住んで、いる人ならば決して少ないわけではない。

 過去、自分達が行った行為を無視して、されたことばかり強調して被害者ぶるのはエゴだ。戦争をしたのなら、被害者だけでは終らない。

 私達は「知らなかった、びっくりした。」などといってはいけないのである。私達は「被害者としてのー日本人」である事をやめなければいけないのだ。

 

 小学校の時は、年に1回戦争映画を見る日があった。そして、見た後には必ず感想文を書かされていた。だからだろうか、私は戦争について虐殺について、その他イロイロ人間の行ってきた残虐な行為について考える事が多かったように思う。何故、こんな事が起こったのか、何故、人間は殺し合いをしたのか、と。

 日本だって加害者である、と感じたのも、この頃からだったように思う。今まで、過去行われた残虐な行いについて知った時に、驚いたり怖かったりした記憶は無い。可哀想だと思うのも嫌いだ。それら二つの感情で、言い表すのが嫌いだったのだ。「怖かった」「驚いた」「可哀想だと思った」……そう言ってしまえば、一言で終わる事が出来る。それ以上考える事を簡単に辞める事が出来る。だから、私は嫌いなのだ。今回、教育委員会が「刺激が強すぎる。リアルすぎる。」という理由で、この芝居への後援を断ったそうだが、馬鹿げている。本当の事を子どもに教えない方が、罪だとは思わないのだろうか。リアルすぎるとは、どういう意味なのだ。事実だからリアルである事は当たり前だろう。何を恐れて子どもに目隠しをするのか。到底理解できない、考える機会を与えるべきである。そうしなければ、事実を知る場を失う事になる。ただでさえ、日本は過去に起こった自分に都合の悪い事実を無視しようとしているのに、それに親が加勢してどうするのだ。

 

 考えなければならない事が沢山残った。私は、これからも沢山の事実を知って行きたいと思う。事実があるならば、知るのは当然だと思う。事実を知る。日本では、それがどうしてこんなにも難しいことなのだろうか。何故、もっと簡単に、自然に、知ることができないのだろうか。私にはそれが残念でならない。